ヘッセの「アウグスツス」の「愛されることよりも愛することを」


 ヘッセの「アウグスツス」のテーマは「愛されることよりも愛することを望ませてください」のフ
ランシスコの「平和の祈り」である。
 新潮文庫の「メルヒェン」(高橋健二訳)という中に所収されている。文庫本で32ページ。これ
をB5判8ページ位に抜粋して中学3年生の「宗教」の授業で使ったことがあります。

 文庫の表紙に書かれている内容紹介。

 誰からも愛される子に、という母の願いが叶えられ、少年は人びとの愛に包まれて育ったが………
…愛されることの幸福と不幸を掘り下げた「アウグスツス」は「幸いなるかな、心の貧しきもの。天
国はその人のものなり」という聖書の言葉が感動的に結晶した童話である。大人の心に純粋な子ども
の魂を呼び起こし、清らかな感動へと誘う、もっともヘッセらしい珠玉の創作童話である。

 この作品は1913年に書かれ、すぐにベルリンの雑誌に発表された。その翌年1914年に第一次世界大
戦が起こり、ヘッセは平和主義を唱えたために軍国ドイツから排撃され、苦境に陥る。この作品は迷
える魂の文学の美しい微細画ともいうべくヘッセの文学の縮図をなしている。

 この解説では「心の貧しきもの」という山上の垂訓がひかれているが、これよりも平和の祈りの方
がテーマとしてはぴったり来る。この解説者はこの「平和の祈り」を知らなかったのであろうか。

 もう少し詳しく内容を紹介しよう。

 ある町に一人の若い女が住んでいた。ある不幸のために結婚してまもなく夫を失ってしまったが、
彼女は子どもをみごもっていた。
 身よりのない彼女のために隣に住む老人が面倒を見てくれたので、彼女は子供が生まれたときに洗
礼を授けるときになって隣の老人にその代父となることをお願いする。
 洗礼式の終わったお祝いの席で、「洗礼のお祝いとして、小さなオルゴールがなっている間にこの
子のために一番いいと思われることをひとつ考えてみなさい。そうしたらそれをかなえてあげよう」
とその老人はいう。
 そのオルゴールがなり出したときに、その母親は「みんながおまえを愛さずにはいられないように
」と願う。その男の子は、誰からも愛される少年に育っていく。願いは叶えられたのである。

 ここまでが第一部。ここで生徒たちに聞く。さてこの少年の未来はどうなっていくのか。想像して
みてとたのむ。

 やがて母親はなくなり、美しくりりしい青年となったアウグスツスは金持ちの未亡人と恋に陥るが
、かれはやがて別の美しい娘とも恋をする。彼はその他にも次々に恋人を変え、彼の心もすさんでく
る。スキャンダルにまきこまれたり、夫から訴えられたりして疲れ切ったアウグスツスは毒の入った
ブドウ酒を飲んで自らの命を絶とうとする。そのときに、あの老人がまた現れる。

 「あなたのお母さんが願ったことはかなえられたけれど、それは君にとって害になってしまったよ
うだね。もうひとつの願いを叶えてあげられるとしたらきみはなにをのぞむかね。君はたぶんお金や
たからはほしがらないだろう。権力や女の愛もきみはもうたくさんだろう。考えてみたまえ。君の堕
落した生活を再びより美しく、よりよくし、君を再び楽しくする不思議な力があると思ったら、それ
を願いたまえ。」

「ぼくの役に立たなかった古い魔力を取り消してください。その代わり、ぼくが人びとを愛すること
ができるようにしてください!」

 そしてその結果、アウグスツスは彼を愛したすべての人から憎しみと侮蔑の言葉を投げつけられ、
訴えられて獄につながれ、出獄したときには誰からも見捨てられていた。
 しかし、かれは世界をさすらい、何らかの形で人びとに役立ち、自分の愛を示すことのできる場所
を探し続ける。

 こういう話である。
 まさに「愛されることよりも愛することを望ませてください」という平和の祈りがそのまま小説に
なったようである。
 いかにもヘルマン・ヘッセらしい短編小説であると思う。