私は目覚まし時計を2度鳴らす


 低血圧の私にとって、朝起きることは大変な闘いであった。少しでも寝てい
たいという気持ちと早く起きなければ遅刻するという義務感との葛藤を、毎朝
繰り返してきた。
 5分ごとになる目覚まし時計をセットしていたので、ベルが鳴るごとに闘い
をする。多くの場合、早く起きなければならないという意志は、もう少し寝て
いたいという欲望の前にあえなく敗北をきす。そして最後の最後になって、や
っとの思いで唯一の勝ち星をあげる。つまり、私の朝の闘いは常に1勝何敗か
で、圧倒的に負け数の方が多い。このような敗北感から始まる朝を私はこれま
で何度繰り返したことであろうか。
考えてみると、これではあまりに自分がかわいそうだ。精神衛生上もいいはず
がない。ある時ふと思い立って、発想を変えてみることにした。目覚まし時計
は起きるべき時間の20分前に予鈴を鳴らし、そして起きるべき時間に本鈴を
ならすというように2回鳴らすことにした。そして1度目の予鈴の意味は「あ
と20分寝てもよい」ということにしようと心に決めたのである。
 すると、なんと、幸せな20分間がそこに現出したのである! 1度目のベ
ルをとめながら「あと20分寝られる」と自分に言いきかせ、残り少ない睡眠
時間を心ゆくまで楽しむ幸せを味わうようになった。これまでだったら、この
時間はあっという間に過ぎる睡眠時間の一部にしか過ぎなかったし、しかもそ
れは苦痛と敗北の時間であった。それが、全く逆の意味をもつ幸せな時間に変
容したのである。
 これは大発見、いや大発明(どっちでもいい)ではないか。人がなんと言お
うと、わたしには一生のうちで私の生き方をかえる大発見であり、大発明であ
る。こんな些細な「発想の転換」で今まで味わうことがなかった幸せな時間を
創出することができたのだから。
 20分がいいのか、それとも30分がいいのか、あるいは1時間がいいのか
、いろいろと実験をしてみたのだが、あまり長いと深く寝入ってしまい、その
効果はないし、短かすぎるとほとんど幸せを感じることはできない。このあた
りは人によって多少は異なってくるのであろうが、私の場合には20分の時が
もっとも幸せ度が大きいようである。
 そして更に不思議なことには、2度目の本鈴でも闘うことなく、すっと起き
られるようになり、目覚めもこころなしかよくなったようである。
 「大発見だ、大発明だ」と得意になっていう私に、口の悪い友人は「すっと
起きられるようになったのは、何のことはない、年のせいじゃないの? 男は
50過ぎると、朝自然に目がさめるようになるのだそうだよ」と、私のおめで
たさを祝福してくれた。